南極の海が変わる

南極海(南大洋)は、大陸に妨げられずに地球を緯度方向に周回している唯一の大洋(Ocean)です。その地理的な特性から、世界の海をつなぐ役割をもつと同時に、特有の挙動をしめします。そして、いまこの大洋に大きな変化がおきていることがわかってきています。

暖まる南大洋

気温の上昇と同期するように、近年地球表層システムは全般的に暖まってきています。近年地球の気候システム全体が余分に蓄えた熱量のうち、海洋がその90% 以上を蓄えているのです。 そして、その海洋の中でも場所によって暖水化の様子は違ってきます。南極海の表層の水温は全球平均よりも大きな割合で上昇しつつあります。南緯50 度を中心とした範囲では、 1000メートルくらいの深さまでもぐっても、ここ50年間で0.17℃もの水温上昇が大陸を取り囲むようにして起きているという観測結果が得られています。これは海洋全体での平均的な昇温率に比べて倍近く大きな値です。全体として暖水化しつつある海洋の中でも、南極海はとりわけ暖水化が強く、特徴的な海域となっているのです。

Giile 2000 Sciene

海の底でおきる変化

南極海は、世界中の海でもっとも重い海水を作り、世界の海の深層から底層にかけて冷たい水を供給している、深層循環の起点のひとつです。 いま、南極海でつくられているその「南極底層水」にさまざまな変化がみつかっています。ここ40年ほど、ロス海やオーストラリア‐南極海盆でみられる底層水は、低塩化し、かつ暖水化する傾向にあるようです。ウェッデル海の底層水にもここ20年ほどは暖水化がみられているようです。 こうした底層からの変化が起こっているのは、南極海だけに限らないようです。1990年代と2000年代に南北太平洋を横断したり縦断したりしながら太平洋の変化を詳しく調べてみると、北半球から南半球まで、底深層が暖まっていることが分かりました。しかも、その暖まり具合は、南極海に近いほど強く、海洋西岸に近いところで特に強いことが分かりました。この暖水化の信号は南極の沿岸付近から伝わってきている可能性が高い、という仮説がたてられていますが、現在でも研究がすすめられています。

淡水化する南大洋


ロス海はデータの少ない南極海のなかではよく観測されているほうだといえます。その昔からの観測データをあつめてみると、ロス海大陸棚上の塩分は低下しつつあることが分かってきました。 南極の低塩化がすすむ原因はいくつか考えられます。降雪量が増加する、海氷の生産量が減少してブラインの排出が減る、棚氷や氷床の融解水の流入量が増加する、海洋の流れや混合の形態がかわる、といった過程は、海洋の塩分の低下に結びつきます。ロス海の低塩化は、どうやら南極氷床の融解で生じている可能性が高いと考えられています。しかも、ロス棚氷などその場で氷が融けたわけではなく、パインアイランド氷河のあたりを中心とする西南極で溶けだした淡水が、南極の沿岸流に乗って西向きにロス海まで流れてきて、大陸棚上の水をどんどん低塩化させている、という考え方が有力です。 この淡水が底層水がつくられるつくられる過程で海の底にも沈み込み、底層水も低塩分化させてきたようです。 その底層水の低塩化は、ロス海の西隣にあるオーストラリア‐南極海盆に伝わります。 そして、さらにその西隣にあるウェッデル‐エンダービー海盆の東端、ダンレー岬の沖にまで伝わり、ウェッデル海にも伝わっていることがわかってきました。

加速する氷床融解

人工衛星による南極氷床の観測から、20世紀の最後のあたりから、氷床上にある氷がどんどん流出しつつあることが分かってきました。 氷床が海へ流出すると、地球上の平均的な海面が上昇します。 この氷床の流出は、西南極とよばれる部分で非常に顕著です。 西南極は、氷床の下の地形が、もともと氷が流出しやすい形になっています。 これに加えて、海洋が氷床の流動の変化を引き起こしたのではないか、と考えられるようになってきました。 近年では、東南極にあるトッテン氷河でも氷床流出が加速しているのではないかと懸念されています。 南極のあちらこちらで、海洋と氷床の相互作用を明らかにしていくことがいま大切になっています。
2003-19年までの氷床の表面高度の変化。Smith et al.(2020; Science)のデータにもとづき作図。

淡水化の反転!

底層水がうまれる南極沿岸で起きている変化は、海洋表層だけではなく、底深層にもおよび、広域につたわります。 ということは、沿岸海洋での変化傾向がかわれば、その変化がさらに広くいろいろな場所に伝わっていくということです。
2010年代にはいり、西南極アムンゼン海での棚氷の融解傾向がかわって融解量が減ったと報告されるようになりました。 そして2010年代後半にはいり、ロス海の沿岸域での塩分が急激にあがりはじめたという報告があがっています。
我々はオーストラリア南方の南極海の海底付近において、これまで加速度的に低くなってきているとされてきた塩分が、2010年代に反転して急激に高くなりつつあることを見出しました。これまで減ってきていた重い水の量も増えています。こうした海の変化の実態は、水産庁の開洋丸による広域海洋調査や東京海洋大学の海鷹丸による観測航海といった近年の日本による観測を、世界の過去の観測も含めて比較することで判明しました。この変化は、南極深海の海洋循環が強まりつつある可能性も提示しています。変化の原因は、この海域の上流側に位置する西南極の棚氷の融解が、ここ何十年か加速してきていたものの、2010年代の前半に弱まったことにある可能性があります。これは、南極氷床と深海との連動性を示すものです。


Aoki, S., et al., Reversal of freshening trend of Antarctic Bottom Water in the Australian-Antarctic Basin during 2010s, Scientific Reports, doi:10.1038/s41598-020-71290-6.

時代は巡る

日本の昭和基地があるリュツォホルム湾では、海氷の張り出し具合が20年くらいの時間スケールで変化することが繰り返されているようです。 最近でも、2016年のあたりに海氷がおおきく割れだしました。 この変動にも海が大きくかかわっていると思われます。
こうした変化は、海の状態にとどまらず、二酸化炭素をはじめとする物質循環や生態系の変動ともつながっています。 南極の海洋と氷床、海洋の相互のかかわりあいによっておこるさまざまな現象のベールが、いまはがされようとしています。


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Last modified: Jun 29, 2020